不妊治療経験者です

こんにちは、ハラスメント研修専門講師の倉本祐子です。

プライベートでは、「素の倉本祐子」をお見せしていこうと思っていますので、他とは違うトーンを楽しんでいただければ嬉しいです。

プライベートに投稿する内容としての第一弾について色々と悩みましたが、やはり「不妊治療」でした。

ほんとに、時間かかりました。不妊治療に500万かけました。

37歳のときに5歳下の夫と結婚したとき、とにかく、夫の子が欲しい。そればかり考えていました。

しかし、32歳のときに急性腹膜炎(これもまた事件なんです)を経験しているため、正常ではない体は、中々「妊娠」まで行きませんでした。

そんなわけで、結婚して半年後に不妊治療が始めました。

体外受精9回

人工授精を10回近く経験し、体外受精、顕微受精へと順調?に段階を上げました。

ドクターからは
「さっき、倉本さんより低いランクの受精卵の方も妊娠していたけど、どうしてしないんだろうね~」と
言われる始末。

私が一番分かりません!!!と言いたい気持ちを抑えつつ・・・日々治療に専念しました。

不妊治療中の5年間、誰にでも「不妊治療中」であることを話しました。

自分から話す理由は二つありました。

一つ目は、子どもがいない理由を尋ねられるよりも、自分から話す方がずっと気が楽だったため、積極的に治療中だと話しました。

二つ目は、不妊治療の色んな情報を周りの方が教えてくれるので、新たな情報を得るために話しました。

良い病院を探して5回変えて、とにかく妊娠するために様々な方法に取り組みました。

そして、体外受精9回目でようやく妊娠。

切迫流産になりかけながらも、2010年6月42歳でようやく母になりました。

高齢出産は親も高齢

実は、ここはとても大事なことなのです。

自分が高齢出産の場合、親も高齢です。私の場合は、母が68歳、父は71歳でした。

出産後、母との話ではしばらく私の家に滞在して、手伝ってくれる約束でした。

しかし、出産当日になって、孫の顔を見た途端いった言葉は、

「明日、和歌山帰る」でした。

は~~~~~~~?なんで~???とパニックにしている私に向かって、

母は、「ごめん、不整脈出て、しんどいねん」と疲れた表情を見せました。

話を聞くと帝王切開の出産、高齢出産、初めての孫は無事に産まれてくるんだろうかと心配で心配で眠れなかったそうなのです。

ということで、母が和歌山に帰ってしまったので、出産翌日から身の回りのことを全部自分ですることになりました。

私のように40代で産む方も年々増えています。

とても良いことだと思いますし、幾つになっても諦めない気持ちを持って治療に挑戦して欲しいと思っています。

しかし、自分が高齢で産むということは親に頼れない可能性もあることも現実として知って欲しいと思うのです。

実は、これはマタハラ、パタハラにも関わってくるので、改めて書きたいなと思います。

話は娘の戻ります。

そんな苦労をして授かった娘は、今年6年通った保育園を卒園し、小学校へ上がります。

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